官能の覚醒は、肉体の覚醒を引き起こし、その肉体の覚醒がまた、精神の覚醒を引き起こします。
官能は、性感と共に快楽の発生源であり、それ故にこそ、長い間、主として西洋文化の中で抑圧されてきました。
しかしながら、快楽は大変自然なものであって、かつプラスになる反応です。
人間性は、この原理の上に構築されており、更には、一般に生物学自体が、この快楽原理の上に構築されており、更には、一般に生物学自体が、この快楽原理の上に構築されているように思われます。
快楽をさける目的で成されるような行為は、意識的にせよ無意識的にせよ、あり得ません。
ところが、この領域では、道徳が不当な(そして許し難い)抑圧として働くので、快楽を得るために、しばしば不健全で、錯綜した道をたどるようになっています。
個人の基本的な欲求が、それを満足させる快楽と直接結び付いているのは、決して偶然のことではありません。快楽は、単に快いものだけではなく、必要不可欠なものなのです。
なぜなら、それは、肉体(そして脳)の新陳代謝の大部分を条件づけ、体の順調な育成をコントロールできるようにするからです。
覚醒した人は、その官能を楽しむ術を心得ています。
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